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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)82号 判決 1985年1月30日

原告

古川関次郎

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日から年五分の割合による金員を支払え。

2  被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日から年五分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  主文同旨

2  予備的仮執行免脱宣言(但し、被告富士火災)

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約の存在

(一) 原告は、昭和五八年三月五日、被告安田火災との間に、原告を被保険者として「積立フアミリー交通傷害保険契約」を締結した。

その内容は、事故による受傷のさいに、入院一日あたり一万一二五〇円、通院一日あたり七五〇〇円の保険金を支払うというものであつた。

(二) また、原告は、右より先の昭和五七年九月二七日、被告富士火災との間に、原告を被保険者とする「積立フアミリー交通傷害保険契約」を締結した。

その内容は、事故による受傷のさいに、入院一日あたり七五〇〇円、通院一日あたり五〇〇〇円の保険金を支払うというものであつた。

2  交通事故による受傷の存在

(一) 原告は、昭和五八年三月八日、京都市東山区五条橋東六丁目五一四番地において、普通乗用車(以下「原告車」という。)を運転中大野隼雄運転の乗用車(以下「大野車」という。)に追突され、頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害をうけた。

(二) そこで原告は、明石病院で昭和五八年三月八日から同年六月一日まで八六日間入院し、以後同年九月八日までの間に七一日通院加療をうけた。

(三) ところが、被告らは、原告の右入、通院日数に相当する保険金請求に応じない。

3  よつて、原告は、被告両名に対し、保険契約に基いて請求の趣旨どおりの判決を求める。

二  被告安田火災の答弁と主張

1  請求原因1の(一)の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、主張の日と場所において原告車と大野車との間に接触事故が生じたことは認めるが、その事故の態様及び原告の受傷の点は否認する。殊に、

(一) 事故当時、道路が凍つていたため、車両はのろのろ運転をしていたのであり、先行する大野車が停止したのに続き、原告車も停止しようとしてブレーキペダルを踏み、停止寸前に大野車に追突したのであるから、追突は極めて軽微なもので、追突された大野車の損傷は後部テールランプ一個が損傷しただけで、原告車には修理を要するほどの損傷も発生していないという程度のものである。もとより、運転者大野は何らの負傷もしていないし、同車の乗客も何ら負傷をうけていない。

元来追突事故の場合、その衝撃は、予期していない被追突車両の側により大きいものがあり、追突車両の運転者は衝突を自覚し、それに向けて直前に身構えるため、衝突によるシヨツクは前者に比しかなり少ないのが通常とされている。ところが、本件では被追突車側の者には何らの負傷がみられないのに、一人原告のみが入院三ケ月、通院五ケ月に及ぶ重い傷害を受けたと主張するのであるが、健全な常識に照らし措信できない。

(二) それに、原告には、別表のとおりの症病歴があるから、頸部及び腰部の症状は持病である。従つて、本件の受診の際に、医師から頸部及び腰部捻挫と診断されたとしても、右事故との間に相当因果関係はない。

(三) 更に、原告は、傷害保険として、被告両名のほかに、判明しているだけでも日本生命及び朝日生命の二社に加入していた。従つて、事故により一か月入院すると、原告は、右四社及び労災保険から合計約一三六万円の給付を受けることになるのであつて、原告の就労時の月収約二五万円と比較しても、異常に高額収入となる。

しかも、右四社の月額保険料の合計は八万三四八五円であり、これは原告の月収も三分の一をこえる金額である。ところが、原告は当時妻、母、子供二名の五人家族で、家族の生活を原告の給料だけで支えていたという生活条件下で、月収の三分の一をこえる掛金を要する保険に加入することは不自然極まりないことであり、全く異常なことである。

(四) また、被告安田火災の保険加入が最後の加入であるが、その加入も勧誘を受けた訳でもないのに、原告が進んで加入を求めたのであるし、当時、自己使用の車両の任意保険が切れて無保険になつているのに、その加入をしないまま、殊さら傷害保険を希望して加入したのであるが、その際、他の傷害保険の加入を告知しなかつた。そして、同加入三日後に本件事故により傷害を負つたと主張しているところ、本件保険金の請求の際も一部の保険加入を隠していた。

以上のようにみて来ると、原告の入院等受診行為は、専ら保険給付金取得に向けて意図的になされたといつてよく、すくなくとも、原告主張の症状と本件事故との間に、相当因果関係がないこと明らかである。

3  同2の(二)のうち、原告が主張の期間入院したことは認めるが、通院の点は知らない。

4  同2の(三)の事実は認める。

被告安田火災を保険者とする本件保険の普通保険約款第一二条には被保険者が交通事故等で「傷害を被り、その直接の結果として、生活機能もしくは業務能力の滅失または減少をきたし」た場合に、その治療日数に対し保険金が支払われると定められている。

ところが、原告が主張する本件事故はいとも軽微なもので、到底人身傷害を生ぜしめるようなものでなく、原告主張の受診、受治療は保険金受給を目的とする疑いが濃厚であるだけでなく、また原告は度重なる同種の既往歴を有しており、この点からも原告が本件事故の直接の結果として生活機能等の滅失等をきたしたとは認めえないのであるから、被告安田火災が原告の請求に応じないのは、当然のことである。

5  保険契約解除の主張

(一) 保険契約者(兼被保険者)たる原告は本件保険契約締結に際し、本件保険普通保険約款第一九条一項により、保険契約申込書の記載事項について、知つている事実を告げず又は不実のことを告げない義務(告知義務)があつた。しかるところ、原告は、契約の締結に際し、同保険契約申込書記載の「過去三か年間に傷害保険金(一事故五万円以上)を請求したことの有無」の質問事項に対して故意に「ない」との告知をした。しかし、原告は右期間内傷害保険金を受領しており、従つて右は告知義務に違反する不実の告知であることが最近の調査で判明した。

(二) よつて、被告安田火災は前記約款第一九条に基づいて、右告知義務違反を理由とする保険契約解除の意志表示を昭和五九年五月三一日付書面で原告に行い、同書面は同年六月一日原告に到達したから、本件保険契約は右解除により終了し、且つ右約款第一九条四項により被告安田火災の保険金支払義務は遡及的に消滅した。従つて、仮に原告が本件事故で何らかの傷害を受けたとしても、被告安田火災に保険金の支払義務はない。

三  被告富士火災の答弁と主張

1  請求原因1の(二)の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、主張の日と場所において、原告車と大野車との間に接触事故が生じたことは認めるが、その事故の態様及び原告の受傷の点は否認する。

殊に、本件事故は、原告が前方不注視により一方的に追突した事故であり、追突された大野車及び追突した原告車のいずれも軽微な損傷しかなく、また、大野車に乗車していた者の誰にも傷害はなかつた。ところが、原告は、右事故当日から約三か月弱の間入院加療したというのであり、更に退院後五か月半の間通院したというのである。その入通院期間をみれば、相当の重傷であると考えられるが、実際には右に述べたところで明らかなように、本件事故はそのような重傷をもたらす態様のものではない。

それに、原告は、被告安田火災が主張するように、別表のとおりの症病歴を有するのであり、頸部及び腰部の症状は持病であつて、本件事故との間に相当因果関係がない。

3  同2の(二)の事実は知らない。

4  同2の(三)の事実は認める。

本件事故と原告の入、通院治療との間に因果関係がない以上、原告の請求には応じられない。

5  保険契約解除の主張

被告富士火災は、被告安田火災が保険契約解除の事由として主張する(一)と同一の事実に基づき、本件保険普通保険約款第一九条により、告知義務違反を理由とし、昭和五九年六月一六日付書面をもつて原告に対し、保険契約解除の意思表示をなし、同書面が同月二二日原告に到達したから、本件保険契約は右解除により終了し、且つ右約款第一九条四項により被告富士火災の保険金支払義務は遡及的に消滅した。従つて、仮に原告が本件事故で何らかの傷害を受けたとしても、被告富士火災に保険金の支払義務はない。

四  被告両名の保険契約解除の主張に対する答弁

1  被告両名は、約款の定めをもつて告知義務発生の根拠としている。しかしながら、右約款は、いずれも保険契約成立の時点で原告に示されず、保険料を支払つて、契約成立後一ケ月したあとで保険証券と共に送付されたものである。それに、口頭での告知義務の説明も一切なかつた。そもそも本契約において、被告らの援用する告知義務は契約内容となつていない。原告が契約の際に交付を受けたパンフレツトにも、何らその旨の記載はない。従つて、原告に契約上の告知義務はない。

2  またしからずとしても、原告が「過去三ケ年間に傷害保険金を請求したことの有無」の質問事項に対して、故意に「ない」との告知をしたことはない。被告安田火災に対する保険契約の申込書該当欄の「ない」との項目に丸の記載がなされているが、これは代理店が勝手に書き込んだのであり、また、被告富士火災に対する保険契約の申込書該当欄には、何らの記載もないのであり、このことは、原告が故意に「ない」との告知をしていない証左である。

3  それに、被告らとの保険契約は、損害填補を目的とするものではない。その証拠に、例えば原告が被告安田火災から交付を受けたパンフレツト「保険金のお支払い方法」の項をみると、「生命保険・加害者からの賠償金などとは関係なくお支払いいたします。上記の保険は重複してお支払いいたします。」と明示してある。更に、同パンフレツトには、「満期による返れい金・各期毎の配当金が楽しめる」との記載があるように、利殖も楽しめ、且つ、万が一のための貯金ができるというふれこみである。事故は単にきつかけにすぎないのである。従つて、本来加害者から賠償金がはいつても重複して支払う以上、他に保険契約が存在するか否かは、契約の重大な要素にならない。この観点からすると、被告ら主張の約款は無効というべきであるし、また、過去に保険金請求をしたことがあるか否かを告知しなかつたからといつて、解除権を発生させる意味での告知義務違反にならない。

4  仮に、原告に告知義務違反があつたとしても、被告安田火災は、昭和五八年四月一三日、原告において他に請求できる生命保険のあることを知つたのに、原告から同年九月分まで保険料を異議なく受取つているのであり、被告富士火災としても昭和五九年一月まで原告から保険料を受取つているのであるから、原告に対する保険給付金の支払を拒絶するのは、信義則違反というべきである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告と被告安田火災間及び原告と被告富士火災間に、いずれも原告を被保険者として、それぞれ原告主張の保険契約が締結されたことは、各関係当事者間において争がない。

二  そして、昭和五八年三月八日、京都市東山区五条橋東六丁目五一四番地において、原告車と大野車との接触事故が生じたことは、当事者間に争がないところ、成立に争のない甲第二号証、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分は除く)及び同結果により真正に成立したと認める乙第八号証によると、右事故現場は、下り勾配になつた国道一号線の西行車線上であつて、当時積雪があり、路面は凍結しているような状態であつたこと、しかし、減速してなら車両の運行は可能であつたこと、原告車は大野車に追随して進行していたところ、先頭車が急停車したため、追随していた車両も順次急停車の措置をとつたのであつて、大野車はスリツプして前部を右に滑らせながらやや斜めになりながら停車したこと、それに追随していた原告車は、大野車との接触を回避するため、ハンドルを一旦左転把したものの、左側に駐車中の車両と接触しそうになつて右転把し、更にセンターライン上の鋲に車輪が乗つたような気配に左転把したところ、停止寸前に右前部を大野車の右後部に接触させて停車したとこと、この接触事故により、大野車はテールランプが一個壊れただけで、大野及び大野車の乗客には何らの傷害も生じなかつたこと、また、原告車には修理する程の損傷すら生じなかつたこと、ところが、原告は、当日左手の痺れ感を訴えて明石病院で診察を受け、頸椎捻挫、腰部捻挫の病名により即日入院し、同年六月一日頃退院して、同年一一月一七日まで通院加療を受けたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する原告本人の供述部分は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右の認定事実によると、原告の本件事故による受傷と称するものについては、医師の診断による裏付けが存するのであるから、それを軽々しく否定すべきでないことはいうまでもない。

それにしても、大野車と原告車との右認定の接触の態様、殊に、大野及び大野車の乗客にとつて原告車の追突は不意の衝撃であつた筈であり、それだけに相対的にであるが防禦的姿勢をとる余裕もなく、衝撃をもろに受けていると思われるのに、何らの傷害を受けていないこと、更に両車両の損傷が極めて軽微であることなどに鑑みると、本件事故により人体に影響する程の衝撃があつたと解することは、困難というべきである。

これを原告についていえば、原告は、大野車との接触を意識して、少なくとも防禦的な心構えで行動していたのであるから、大野らよりも接触による衝撃を緩和しうる立場にあつたというべきである。

このように観て来ると、医師の右診断についても、客観的な裏付けが示されない限り、容易くこれを肯認できないというべく、いずれにしても原告が本件事故により傷害を被つた点の立証がないというべきである。

三  以上の次第であつて、未だ保険事故の発生があつたとは認め難いのであるから、この点で原告の本訴各請求は理由がないというべきである。

よつて、原告の本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

(別紙) 原告の症病歴

<省略>

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